ロケ地No.12【県立あいかわ公園】

>>宮ヶ瀬ダムに隣接する広大な公園です。

風の丘。360℃の大パノラマが広がります。

ふれあい広場。木陰やベンチや四阿でピクニックを楽しんだり、芝生の上で遊んだり。

冒険の森。巨大なアスレチックがそびえ立ち、週末には親子連れで大変な賑わいをみせる場所です。※アスレチックの使用は年齢制限があります。詳しくはコチラをご確認ください。



自然との触れ合いもたくさん。クワガタムシやカブトムシ…普段、家の近くでは見ることができない、色々な昆虫や植物を観察することができます。

春はつつじ、秋には紅葉がとてもステキな公園です。

場所は↓から探してみよう。

ロケ地No.25【春日台商店街路】NEW!!

>>春日台商店街。かつて、スーパー「春日台センター」と多種の店舗がありました。

「春日台」という地名は、名桑「春日」にちなみ、1968年(昭和43)につけられた新しい地名で、神奈川県住宅供給公社が分譲住宅地として造成した住宅団地として誕生しました。当時の広報あいかわ65号(1968年5月1日号2ページ)には、「完成後は一戸建住宅約八百戸、社宅や寮二十棟が立ち並び中央部には商店街もでき、また、公園や広場、道路も完備した理想的な住宅団地となる予定です。」と記載されています。

昭和45年、当時の宅地造成計画に基づいた商店街の店舗の配置計画がされました。将来の人口増も考慮され、センターの近くには幼稚園(現春日台幼稚園)や診療所(旧春日台病院)配備などの計画もされました。

春日台センターが閉店し、寂しくなった商店街ですが、今でも魚屋さんや雑貨屋さん、洋品店、カフェや美容室、郵便局などが営業しています。

車が通らないところで、春日台区の会館や児童館もあるため、憩いの場所であるところは変わりません。子どもたちの遊ぶ姿も見ることがあります。

商店街路の中央に立つクスノキ。25年ほど前に植えられたもので、存在感があります。

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ロケ地No.8【八菅山】

>>八菅山(はすげさん)一帯は、古くから神仏混淆(こんこう)の信仰の聖地でした。現在の八菅神社はかつて八菅山七社権現といわれ、その別当寺(神社を管理する寺)八菅山光勝寺(こうしょうじ)とともにありました。古くは役小角(えんのおづぬ)や行基(ぎょうき)の来山も伝わり、また、源頼朝や足利尊氏・持氏による建築や整備が行われたといわれています。

1687(貞享4年)、七社権現の別当寺光勝寺が、日本の修験道の本山派の中心寺院である京都聖護院(しょうごいん)直属の末寺(直末寺)となり、相模における本山派修験の一拠点として、春と秋には、八菅山と大山の間の峰々で回峰(かいほう)修行が行われていました。

毎年3月28日に行われる春の例祭では、1年の無病息災を祈り、山伏装束の人たちが、護摩壇で願い事を書いた護摩木を焚き上げた後、燃え盛る火の中を素足で歩く、火渡りの儀式が行われています。


光勝寺の諸事は、山内の50余の修験の院・坊が司り、七社権現を護持してきましたが、明治時代の神仏分離令により光勝寺は廃され、七社権現は八菅神社と改称されました。修験組織は解体され、院・坊を名乗っていた修験者らはほとんど帰農したそうです。

現在の八菅神社

八菅神社の社叢林は神奈川県の天然記念物に指定されています。この社叢林も含め、八菅山一帯は、神奈川県の公園50選に選ばれた自然環境豊かな公園「八菅山いこいの森」としての表情ものぞかせます。



散策路でつながった5つのゾーン。各所で自然観察をするのもよし、散策路をハイキングするのもよし、子どもたちとも一緒になってアスレチックで楽しむこともよし!展望台から絶景を眺めるのもよし!色々な楽しみ方ができる公園です。


場所は、↓から探してみよう。


第1回愛川レッドカーペット「愛のショートムービーの部」最優秀賞「あいのかわ」9分前後から八菅山ならでは!のシーンが登場します

ロケ地No.22【三増公園】

>>北部の三増(みませ)地区には、山に囲まれた陸上競技場を持つ三増公園があります。陸上競技場には、一周400メートルのトラックが使用されています。

トラックの中には芝生が張りめぐらされ、サッカーの試合なども行われています。


競技場内はとても静か。競技をしながら、思わず景色に見とれてしまいます。時折、野鳥の姿が見られることもあるんですよ。

競技場内には様々な設備・備品などもあり、オススメのロケーションです!!


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第1回愛川レッドカーペット「あいかわ発見動画の部」応募作品「中年は止まる。少年は進む。」

ロケ地No.15【中津川】~隠川付近~

>>半原地区の東部に位置し、山並みの急斜面・中津川左岸沿いの低地から形成される隠川。地名の由来は、かつて、中津川が地内の東側の陰を隠れるように流れていたことによるとか、戦国時代、北条氏康と武田信玄が戦った三増合戦で、北条方の武将、内藤秀行らが逃げ隠れ、落ち着いたと伝わることで、「隠家(おんが)」と呼ばれたことによるとか、諸説があります。

隠川の対岸でも、霧が漂うと「隠れ家的」な雰囲気が増していきます。


県道54号(相模原愛川線)と隠川を結ぶ愛川橋は、昭和49年(1974)に架けられました。青い色が目印のトラス橋は、川面に映る影も良い雰囲気です。

第1回愛川レッドカーペット「愛のショートムービーの部」最優秀賞受賞作品「あいのかわ」は、中津川とその周辺を舞台にした、愛川町で生きる夫婦の物語。主人公の夫は、ストーリーの重要なカギを握る「あるもの」を、ここから中津川に流しました。3分18秒頃から登場します‼

場所は、コチラから探してみよう。